前書き
この話は落語『一目上がり』をモチーフに書いてます。丸パクリです。
以前どこかでナイトメアキッドには江戸訛りが妙に合うしめっちゃ与太郎の役回りだよねって言いたくて書いたものがPCに残ってたのでコピペして投稿です!
Vのアカウントと普通のプレイヤーのアカウント両方でワンダー部に登録してますが、今回はこっちで投稿します。
一人でやってるように見えるより、二人でやってるように見えた方がいいよねってことで。【wlw文芸部】せっかくの企画なので、盛り上げていきたいよね! 文字書きとしては。
前書きおしまい!
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さて、今日はあの船乗りにどんな悪夢を見せてやろうか。
ナイトメアキッドはそんなことを考えながら、フックの船にふわりと降り立った。
見ると船員たちはせわしなく動き回り、貨物を運んでいるようだ。
「ほう、これは口うるさい執事もいないみたいだ。好都合だな」
そのままフックのいるであろう船長室へと歩を進め、ぴたりと扉に張り付いて聞き耳を立てていると、中からフックの声が響いた。
「来ているのだろう、悪夢の小僧。入れ。今日はどんな悪さをしに来た?」
「なんだよ、バレちまってたか。しかし今日はどうしたんだ、いつも古びたものばかり集めてるが、今日のは飛び切りよく分からねえな」
「吉備津のいた日ノ本という国のものだ。火遠理のおかげで海路が拓けた。おかげでこれからワンダーランドに日ノ本の文化も流入してくるだろう」
「へえ、こんな古びた巻物が? そんなに高価なら羊皮にでも書けばいいのにな。ほら見ろよ。端がボロボロじゃねえか」
「味というものが分からん小僧だ」
「味がするのか。なるほどなぁ。そりゃあ食えば削れるもんだ。羊皮じゃ噛み切るのも一苦労だ」
「馬鹿を言うな。こういう古びているのが良いのではないか。これはワンダーランドに新たな風を吹かせる文化だ」
「へえ、こんな塩漬けの葉っぱの絵がかよ」
「まったく……物の分からん小僧だ。これは塩漬けではない『雪折笹』と言ってだな。とてもありがたい言葉も添えられている。こういったものが分かればお前に対する世間のの目も変わり、ナイトメアさん、ナイトメア殿、果てはナイトメア様と呼ばれるようにもなるだろう。財も徳も勉学も積み重ねるものだ」
「いいことを聞いた。すげえ絵だな。たまらねえ絵だな。とんでもねえ絵だ。それに……偉大な絵だ。このごちゃごちゃした線も、なかなかすげえな」
「こら、そんな褒め方ではかえって無知が露呈する。だいたい、ごちゃごちゃした線とはなんだ。それは日ノ本の字だ。『しなわるる だけはこたえよ 雪の笹』そう書いてある。雪が積もって折れ曲がっていても春になれば元の形の笹になる。苦難があってもいつかはそれが取れるもので、我慢が肝心だという言葉だ」
「俺は文字なんて読めねえよ。それを褒めろったってどうすればいいんだよ」
「やはりな。ではこう褒めろ。『けっこうな賛だな』と。浅学で語ろうとすればボロが出るが、幸い玄人はいちいち語らずとも良さを知っているものだ。最初はこんなものでいい。そうすれば向こうから何がいいか喋ってくれるものだ」
「へえ、この掛け軸、一本でも3って言うかよ。俺の射撃とおんなじだな。どうりで俺に合ってるわけだ」
「何を馬鹿なことを言っている。ゆくゆくは自分で読めるようになり、自分で知れるようになるがいい。名声だけあってもボロが出るだけだからな」
「へっ、面倒くせえ! 教えてくれてありがとさん! いつかお前にも悪夢の守護者様と呼ばせてやるさ」
「やれやれ、調子に乗りおって」
などと言ってフックの船を飛び出したナイトメアキッド、掛け軸を持っていそうな物好きはと頭を捻り、やがて一人だけ思い当たった。
「おーい、帽子屋。いるか?」
不思議の国のちっぽけな家を訪ねると、どうにも掴みどころのない帽子屋が姿を現した。
「おやおや、これは招いてもいないお客様とは珍しい。それも君とは、重ねて珍しいことじゃないですか」
「私のお茶会に何の用? あなたは呼んでないんだけどにゃー」
「なんだ、このうるさい猫も一緒かよ。まあいい、掛け軸見せてくれよ。物好きなお前なら日ノ本のものだって集めてるだろう?」
「フフッ、ええ。ありますとも。しかしどういう風の吹き回しでしょう。あなたが私の掛け軸に興味を持つなど」
そう言ってマッドハッターは鞄から一つの巻物を取り出し、広げて見せた。
「で、こりゃあなんて書いてあるんだ?」
ナイトメアキッドが言うと、シャリスが顔を曇らせた。
「分からないのに見たいなんて、変わった頭をしてるんだね」
「うるせえ。こういうのはな、雰囲気を味わうもんなんだ。雰囲気を感じ取ってこの俺様がビシッと褒めてやるからよ。だが、せっかくだから何と書いてあるか読ませてやろう。こういう心遣いってわけだ」
「思ってもみないことをよくしゃべるにゃ~」
「まぁまぁ、シャリス。いいでしょう。どう褒めていただけるか楽しみじゃないですか」
そう言って笑ったマッドハッターの目は意地の悪い輝きに満ちていた。
「この書にはこう書いてあるのです。『近江の鶯は見難し遠樹の烏は見やすし』要は雪の中の鷺と同じように近くで行った善行は分かりにくい。しかし、遠くのカラスのように悪いことはすぐに目につく、と」
「へえ~~、上手いことを言うもんだなぁ」
「読めもしなかったくせに、本当に分かってるのかにゃ~?」
「ああ、分かるとも。なあ、マッドハッター。お前にしてはなかなかいい3を持ってるじゃねえか」
「ああ、これは賛ではありませんよ。詩です」
「4、ねえ。…………4⁉ 3じゃなくて、4なのか⁉」
「ええ。詩です」
「なんだぁ、結局分かってないんじゃない」
「本当に3じゃねえのか?」
「外でこれを賛と呼ぶと笑われますよ。これは詩です」
「3にまけてくれねえか」
「まけるもなにもない、でしょ。物を値切るのは価値が分からない人がすることだよ。これは詩。あなたに褒める目はなかったんだね」
「まあまあ、こういうのは見分けが難しい。賛を知ってただけでも驚きました。大した勉強家ですね」
「ああ、そうだろう? もっと勉強していずれはお前らを見返してやるぜ。あばよ!」
マッドハッターは褒めてくれていたが、それでもやっぱり、どこか馬鹿にされているように感じた。その居心地の悪さが嫌で、ナイトメアはいたたまれなくなり、逃げ出してしまったのだった。
「だいたい見分けってどう見分ければいいんだよ……絵が描いてあれば3で、字だけだったら4なのか? そういえば3は竹の絵だったからな。山だからサンっていうのか。じゃあ山の絵と字が書いてあったら続けてサンシとでも言ってみようか」
「しかし他にこういったものが好きな奴は……」
そう考えていると、マッドハッターの言ってた言葉を思い出した。
雪の中の鷺と同じように近くで行った善行は分かりにくい。しかし、遠くのカラスのように悪いことはすぐに目につく。
そういった言葉が好きそうな者に、一つ心当たりがあった。
「よう、ロビン。掛け軸を見せてくれよ。お前みてえな正義が大好きな勉強家なら一つくらい手え出してんだろ」
家の戸を叩くと、あからさまなしかめっ面でロビンが顔を出した。
「どういった風の吹き回しですか。悪に見せる書物はありませんよ」
「そうつれねえこと言うなって。悪を更生させるための正義のお勉強だろう? いいから見せてくれよ。そしたら俺が褒めてやるさ」
「今度は何を企んでいるのですか」
「なぁ~~んにも? 人を褒めるのは善行だろう。いいことじゃねえか。お前の持ってる掛け軸のおかげで俺様はまた善人に一歩近づくんだぜ」
「まったく、口が減らないのは悪の素質と言いますが……仕方ありませんね。いいでしょう」
そう言うと、ロビンはエントランスに掲げてあった掛け軸に目を向けた。
「ずいぶん立派なもんじゃねえか。で、なんて読むんだ」
「あなたがお読みなさい。その方が後に続く褒め方にも箔がつくでしょう」
「いやいや、お先にどうだ?」
ナイトメアキッドの言い草に、ロビンは呆れて首を振った。
「まったく、読めもしないのに何が分かると言うのですか」
「分かるんだよ。分かるけどよ、御託を並べずに本質だけズバッと打ち抜くからこそ格好いいんじゃねえか。スナイパーのお前ならわかるだろう?」
「口の減らない……まあいいでしょう。『仏は法を売り、祖師は仏を売り、末世の僧は祖師を売り、汝五尺の身体を売って、一切衆生の煩悩をやすむ。柳は緑、花は紅の色いろ香。池の面に月は夜な夜な通えども水も濁さず影も止めず』さて、あなたに分かりましたか?」
すらすらと流れるように語るロビン。その語りはまさに流麗そのもので、ナイトメアキッドの頭を影も止めず通り過ぎて行った。
あまりにも長ったらしい言葉にチンプンカンプンだったが、ナイトメアキッドには秘策があった。フックに教えられ、マッドハッターに正された一射必殺の誉め言葉。それさえ口にすればズバッと解決するという確信があった。
「ああ、もちろん分かるとも。本当はこの家入ってちらっと目に入った時から分かってたさ。ただこうやって家主に読んでもらって、それでこそ深みが増すってもんだろ? なあ、ロビン。お前にしては、なかなかいい4じゃねえか」
「詩ではありませんよ、これは」
あっけらかんと言うロビンの言葉に、思わず拍子抜けする。たまらず掛け軸を見ると、隅の方に絵が添えられていた。
「そういえば絵がちらっと描いてあるな。じゃあ3か」
「賛でもありません」
「じゃあサンシ」
「なんですかそれは」
「じゃあ間を取って3とちょびっとだ」
「ちょびっととはまた妙な。これは悟です」
「…………5ぉ……だぁ……?」
「ええ。日ノ本の有名な禅師が書いた悟です」
「4でも3でもなくて?」
「ええ。悟です」
「……ずるいじゃねえか。なぁ? 3だ4だと褒めて、どっちか当たったってもんだから『横から失礼します』とばかりに5を引っ張り出しやがった。お前の正義ってのはそういうもんかよ! そういうもんだったな! 畜生め!」
「褒めに来たのではなかったのですか、まったく。出ていきなさい」
「おう、そうさせてもらうぜ。さいならっ!」
さて分からなくなってきたぞ。3だと言われて3と褒めれば4。
4と言われて4だと褒めれば次は5だと言いやがる。
一つ目上がりに数字が増えていくんなら、次の家で5と褒めれば6が出やがるんじゃないだろうか。
「……そうか! 分かったぞ。俺のスキルとおんなじだ。だから一目上がりに増えるのが俺に合ってるって言ったんだ。さてはあのジジイ、ボケて肝心の一目上がりってところを伝え忘れたな」
ならば今度は先回りして6を誉めてやろう。そう決めたナイトメアキッドは、深雪乃の家の戸を叩いた。
「あら、珍しいじゃない。今日は何の用?」
「お前、掛け軸持ってるか? あったら見せてくれよ」
「ちょうど良かった。つい最近、船長さんから買ったのがあるよ! 花嫁修業には教養も必要だと思ってね。それに、日ノ本の物を見たら懐かしくなっちゃって」
深雪乃に案内され居間に入ると、古びれた掛け軸が目に入った。
「なんだ、こりゃまたずいぶんオンボロだな」
「こ~ら~。まったく、こういうのは『時代がついた』とか『寂びが出た』とか言うものだよ」
「へえ、ためになった。……いやぁしかし、お前もよく見りゃ時代がついた女だなぁ。こりゃ錆びだらけだ」
「バカにしに来たなら帰ってもらえる?」
深雪乃が腰の刀に手を添え、鯉口をき切る。しかし、ナイトメアキッドはそんなことを気にもかけずに掛け軸に目をやった。
「いいや、褒めに来たのさ。この掛け軸、いいもんじゃねえか。なかなかよく見ると味わい深いもんがある。ところで男の中に一人女が混ざってるが、描き間違えじゃねえだろうな」
「書き間違えなわけないでしょ。こういう絵なの」
「そうかよ。で、この上の字はなんだ。能書きか?」
「そんなわけないでしょ。私この言葉が好きで買っちゃたんだから。『なかきよの とおのねふりの みなめさめ なみのりふねの おとのよきかな』おめでたい言葉が、ずっと続くようにって回文になってるの」
「なるほどな。いや、なかなか。なかなかいい6じゃねえか」
「6……? この絵は七福神の宝船だよ?」
「ちょっと用事ができた。あばよ」
あの船長、さては俺のことを騙しやがったな。おかげでロクでもねえ恥をかき続けた。
今ごろ俺がどうなったか想像してほくそ笑んでやがるんだ。そう思い、こうしちゃいられないとナイトメアキッドはフックの船に向かうのだった。
「やいジジイ。お前俺のことを騙しただろ!」
「騙した? さて、何のことか聞かせてみろ」
「お前に言われた通り3って褒めたら別の奴は4って言いやがる。4って褒めたら今度は5になって一つ目上がりだと気づいて6だと褒めたら今度は7になりやがった! お前が中心になって俺を騙しやがったんだろう」
ナイトメアキッドが吠えると、フックは笑みを浮かべた。
「なるほどな。帽子屋にロビン、深雪乃と回ったわけだ。まったくうまい具合にいくものだ」
「ほらみろ、やっぱり俺を騙したんじゃねえか」
そう言うとフックは机に置いてあった帳簿を開いて見せた。
「何を言うか。誰に何を売ったか覚えているだけだ。帽子屋には詩を売り、ロビンには悟を、深雪乃には七福神の掛け軸を売ったが、お前にどの順番で回れとは言っていないだろう」
「まあ、それはそうだけどよ。でも一目上がりになってるって教えてくれなかったじゃねえか!」
「なるほど、では小僧。これを何と見る?」
そう言ってフックはまた一つ巻物を出した。
「8だろう? いい8じゃねえか」
「大馬鹿たれが。これは芭蕉の句だ」
「9ぅ?」
「物を褒めるに必要な教養を身に付けろと言う話だったのだがな。浅知恵で我が物顔するとそうなるものだ。この失敗に学ぶといいぞ、小僧」
「うるせえクソジジイ! 最後のはわざとからかいやがっただろ!」
「はっはっは!」