――その時、ミクサに電流走る……!
(この三色……上がれない……)
自然と釣り上がりそうになる口角を抑える。静かにツモを引き入れ、しかし成った聴牌を崩していく。
後ろでこの闘牌を眺める男性陣は一様にざわめいた。パッと捨て牌を見る限りでは、四つは上がり牌が残っている。リーチをかけて勝負するには十分な数――そう思えた。
「ミクサ……実は麻雀知らないんじゃねぇか?」
「だがな、小僧――それでも、奴は勝っている。故に貴様ではなく、奴があそこに座っているのを思い出せ」
その牌の回し方は異様……、同卓に座って負けた時も意味が分からなかったが、後ろで見ていると余計に意味が分からない。
ピーターとフックは未だ十にも満たないであろう、幼子の魔性に背筋を震わせた。
面子を落とし、再び張ったミクサの聴牌に対面が振り込み、三九〇〇の支払いが確定する。三色を狙っていたら絶対に上がれないどころか、上家に振り込んでいる場面であった。
その上家の様子を窺っていた吉備津彦が二人に近付く。
「俺たちがしていたまーじゃんとは、一体何だったのか……。まるで違うげーむをしているようで息が詰まる……」
「アシェンプテルもなんかおかしいのか? 予選は当たらなかったからな……」
「うむ……」
吉備津彦はしばし目を瞑り、顔を青くさせて言う。
「最初は……俺とロビン殿も思うように上がれていた。一時は五万点にほどもあったのだ。それが……気がつくと――」
「――御無礼」
静かに響く一言で吉備津彦は身体を強張らせる。卓の上に振り返ると、想像通りに牌を倒すアシェンプテルの姿があった。
「ロンだ。タンヤオ三暗刻ドラ三、裏は♥♥♥♥なくていい」
当たられた深雪乃はその言葉を聞かず、裏ドラを晒したが、アシェンプテルの言う通り裏は乗らなかった。
「まさか知っていたのか――」
「ああ、アシェンプテル殿はまるでどこにどの牌があるのか分かっているように思えた。そして俺とロビン殿は気がつくと、当たり牌を次々と出してしまうようになっていったのだ……」
「膝を抱えて落ち込むくらいやられたってことか」
男三人組は部屋の隅でいじけているロビンに哀れみの視線を向けた。マリアンが慰めの言葉をかけていたが、どこか呆けた様子でうわ言を呟いている。
「しかし、仕方なかろう。遊びでやっていた我らとは、どうやら一線を画する実力の持ち主ばかりのようだ」
フックが髭を撫でながら言った。古今東西の遊戯に精通する船長の含蓄深い台詞に、ピーターと吉備津彦もしぶしぶ頷かざるを得ない。
遊びとはいえ、日頃男性陣だけでやる際の遊戯はかなりハイレベルなものだと自負していた。ポーカーなどは毎回トランプを新しくする凝りようであったし、ピーターとナイトメアはコンビを組ませれば目にも留まらぬイカサマでやりたい放題だった。
今回、麻雀大会を開いたのも、女性陣にいいところを見せて格好つけたかっただけだ。まさか予選で負けるとは夢にも思っていなかったピーターである。
見た感じで異常だと分かるのはミクサとアシェンプテル――対戦していない深雪乃や、ミクサに放銃しなかったから予選抜けしたスカーレットが強いとはいまいち納得が出来なかった。
「イカサマでもしてるんじゃねーかと実は見張ってるんだけどなー」
「そんなことだから貴様はコンビ打ちでも丸分かりな通しを狙い撃ちされるのだ」
「なんだとぉ!?」
「御二方――、局面が動くぞ!」
下家、誰もいない席に浮かび上がるように現れた赤いフードの女――スカーレットの手元で牌が光る。
「チー」
「――ひとつさらせば、自分をさらす」
役には絡まない不可解な鳴きに、深雪乃が被せて言った。
「へェ……ふたつめをさらしたら?」
アシェンプテルが対子を崩して捨てた牌をポンで拾い、挑戦的にスカーレットが訊く。
「――ふたつさらせば、全てが見える」
「みっつめで?」
今度はミクサが差し込んだ六索を鳴いて、九枚の手牌を詳らかにする。
恣意的な三人の行為に、しかし深雪乃は凍える瞳で淡々と応えた。
「――みっつさらせば、地獄が見える……」
「そう――でも、自分をさらせば、私がまた哭きたがる……」
スカーレットは深雪乃が手出しした牌を拾い上げ、四組目の牌をさらす。
その全てが緑色……緑一色であるのは誰もが予感していた。
「よっつめで、どうなるの?」
「……冷たい凍りの中を堕ちるのみ――」
卓の周りだけが深海の底へと沈んでいく――それを幻視したのは、男たちだけのようだった。
「死ぬときがきたら……ただ死ねばいい……」
ミクサ、そう儚げに呟きつつも、強気の打牌で命を燃やす。ドラ側、五索、打。
「フッ……」
口の端に笑みを浮かべるアシェンプテル。二筒、打。
「麻雀は……門前で打つもの――」
氷雪の下に埋もれた情熱が垣間見える深雪乃、中、打。
スカーレットは被っていたフードをゆっくりと頭から剥がした。
「深雪乃サン……牌は言葉を発しない……だから――」
そして、手元に一つ残った牌をカタリと倒す。
「人の心を読むの……それ、ロンよ」
役満をとてつもない安めに化かしておきながら、むしろ上がるべくして上がったと言わんばかりに台詞を綴る。
対して、深雪乃もこの時ばかりは苦しげに表情を歪めた。
ピーターが牌姿を眺めに行けば、国士無双、極楽鳥で待ち受けるスカーレットにトドメを刺す布陣である。
「どうか……してるぜ……!」
思わず呻くピーターの前で、牌が混ぜられていく。その瞬間、風の速度で生きるピーターの目が奇妙な動きを拾った。
卓の外に出て、初めて分かるその『手』の素早さ。
「俺でなきゃ見逃しちまうところだぜ……」
一人の幼女が、特定の牌を集めて素早く積み込んでいく――そして、スカーレットが振る賽、一の一の出目によりミクサの山から始まる。
積み込んだ山から各々が牌を取っていき、
「なんだこりゃ」
疑問が声になるほどミクサの配牌はまとまりがない。とても積み込んだ結果だとは思えない――と、ここでミクサが拾い集めた牌が一つとして来ていないことにピーターは気付いた。
マナーは悪いが好奇心を抑えられずに順々に牌を見て回る。
平凡な手が三つ並び、そして深雪乃の配牌で視線が止まる。
(役満特急券……白發中が二枚ずつ揃ってやがる……!)
となると、考えられるのはミクサのミスだ。本来であれば、この手がミクサに入る予定であったのではなかろうか。
賽を振るのがミクサではなく、スカーレットだった以上、狙って自分に引き寄せるのはそれこそ豪運が必要だったであろう。そしてミクサはその強運を持っていない。
だからこそ、そのまま強力な手が深雪乃へと渡ってしまった。
深雪乃はどんな顔をしているだろうか、とピーターは卓の上から目線を上げ――思わず、彼女に声をかけた。
「おい……大丈夫かよ……。すげぇ震えてるぜ……」
元々、青白い顔色の女であったが、病的なまでに暗く。細かに振動する深雪乃は明らかに異常をきたしていた。
「――人は……」
ピーターの問いかけに応えたのは、凍れる女の対極、燃える幼女だった。
「灼かれながらも……、そこに希望があれば、ついて、……くるんだよ……」
合図もなく始まっていた雀卓に、一枚目の白が捨てられる。
そしてあっさりと二枚目の白が二巡目に現れ、
「…………っ、ポン……ッ!」
魂を捩じ切るような悲鳴が響く。
麻雀は面前でやるもの――信念を裏切る、深雪乃の鳴き。
「二枚目の鳴きは弱気……、そういうものだと聞いたことがあるな」
フックが吉備津彦に囁いた言葉は、彼が思っていたよりも大きく聞こえた。
次いで落とされた中と發も間髪をいれず鳴き続け、あっという間に深雪乃の役満が確定する。
「上がれれば、の話だがな。――……御無礼」
一向聴のまま進まない手を抱えた深雪乃から、たったひとつ溢れたドラを拾い上げるアシェンプテル。
「その大三元爆弾……一局前の貴様なら罠だと気付いていただろうに。ロンだ」
反論することもなく、深雪乃は無言で点棒を全て吐き出した。
箱の点棒が全てなくなった――かと想いきや、アシェンプテルから九百点が返却される。一本場で通常の点に百点増し、そのお釣りが九百点。
これではリーチもできないし、誰かのツモ上がりでも容易く負ける。
あまりにも……憐れ。
イカサマを用いて成したのが、女一人を嬲ること。
「子供の心を忘れたド外道共……!」
「あなた、やめなさい負け犬の遠吠えは」
スカーレットの鋭い眼差しがピーターを威圧した。
「麻雀を語るには早すぎる……」
「こんなイカサマ使ってボロボロにしやがるのが麻雀だってのかよ! 俺たちは……俺はただ楽しくみんなでゲームしたかっただけなのに、なんなんだよお前らはよォ!!」
「他人のことしか問えない……あなた、愚かな人……」
激高するピーターに対し、スカーレットはあくまで冷徹。スタンスの違いが、そのまま軋轢となるが、悲しいことに少数派はピーターの側であった。
そっと牌を積み上げたアシェンプテルが言った。
「そこまで言うなら、深雪乃の代わりに貴様が入っても構わんぞ。もちろん条件はあるがな」
ピーターは卓上に深い闇が口を開けているのを垣間見たが、
「い、言ってみろよ、条件ってのを!」
その台詞を聞いた三人の影が笑みを形作った――気がした。
「私とはビンタ一発五万リーフでやってもらおうか」
「わたしは……直当たりで千点ごとに……血をもらうね……。ひとの血は、あたたかい、って教えてもらったの……」
アシェンプテルとミクサの提案だけでピーターはくらくらと目が回りそうになった。
こいつらは――異常だ。精神が異常だ。
「勝てば生、負ければ死……ただそれだけのこと……あなたは賭けられる!?」
そしてスカーレットが魔性を、狂気を隠さずに、咆える。
「――――命を」
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やってることはim@s雀姫伝のパクリ。あと雨宮になってしまった。
こんな雑な小説置いてみてもいいのだろうかというアレです。