染みが、濃い。
壁…天井の染みである。
目の前で語る友人の、口の動きだけが脳に入り、音は完全にシャットアウトされていた。
この、染みが…
音を吸収しているのか。
そう思った。
桃『…い…おい、聞いているのか?』
友よ、と声をかけられようやくーー
友こと、オレっちは音を認識した。
金『ぁあ、わりぃわりい…で、
なんの話だったか…?』
なあ…?と声をかけるが、桃の字は口をへの字にしたまま返事をしない。
さっきと逆である。
桃『…実物を見た方が早かったか』
そう呟くと、炬燵の下でなにやらゴソゴソ手を動かし始めた。
やがてドン、と袋詰めの吉備だんごが置かれたが『違う、これではない』と、まだ物色を続ける。
ドラえもんかよ。
桃『…む?おおっ、これだ!』
やがて取り出した、その小さい物を、もう置くスペースのない炬燵の上に勢いよく
拳と共に振り下ろした。勢いで感謝のミカンが床に転がり落ちる。感謝も糞もない。
開かれた手のひら、その上にはーー
金『カギ…?』
鍵である。
クローバーのような握り手の、
ちっぽけなシロモノーー
金『…お前の自転車の鍵か?』
桃『自転車ではない。ましてや、このアパートの鍵でもない。と言うか…』
俺は自転車に乗れんっ!っと妙な力を
込めて主張する。乗れんと言うか、
乗り物全般が似合わない。
金『じゃあ、そのキたねえ鍵は
いってぇ何処の鍵なんだよ?』
分からぬ、と友は言う。
桃『偶然、拾ったものでな。どうも普通の鍵ではないような気がするのだ』
最大MP 中⬆️
ドロー 中⬇️
桃『ぶっちゃけ、俺に噛み合ってない』
金『捨てろよっ!』
いいや、しかし…などと言いながら
鍵をこねくり回していた。
桃『かように、しっかりとした鍵だ。
何か大事なものなのかも知れぬ。
せめて、持ち主が判別するまでは…』
捨てられぬ。
毅然とした表情で、言い放った。
金『はぁ…』
全く、オレっちの友人は頑固なヤツだ。
金『お前は、ほんっとに言い出したら
聞かねえのな。…で、何処で拾った
んだよ?』
どうせ乗りかかった泥舟なので、
沈むまで付き合ってやることにした。
桃『うむ、今朝の事だ。俺は日課の
トレーニングに出掛けていたのだが…』
………
……
…
あれは、ちょうど公園の側を通りかかった
時の事であったな。
女児A『んん…お城、作るよ』ペタペタ
女児B『この調子でバンバン
おっ建てますわよー!』ペタペタ
ダダダダダ…
桃『拠点を破壊したぁああ!』
\\\ドグシャァッ///
女児B『きゃぁあ!変なおじさん
ですわー!』
桃『うむ、一件落着か…む?』
俺は破壊した砂の城の残骸…
そのそばに、光る何かを発見した。
桃『先ほどの女児たちの落とし物か…
いや、スコップなどではない…』
拾い上げたそれは異なる光を放っていた。
異彩……
拾い上げた、俺。落ちていた、砂場。
その全てとは、違う世界から来たと主張
しているような……
そんな光だった。
…
……
………
桃『と、言うわけだ』
公園で拾った。
金『じゃあきたねえ鍵じゃねえか!!』
落ちてるモノ拾うなって、母ちゃん
言ってた。
桃『汚くなくなどない、この鍵を大切に
している誰かが居るかも知れぬ』
金『だったら、もう警察に届け…』
ピンポーン♪
桃『む、客人のようだ』
鍵に負けないくらいに汚い部屋の中を
我が友は進んで行く。その姿は鬼ヶ島に
挑む勇姿そのものであった。
やがて鬼ヶ島、もといドアにたどり着く。
桃『誰であろう…?』ガチャっ
婦警『警察だ、公園で女児に
襲いかかったとの通報が
あった。逮捕するっ!』
……
そりゃあ、そうだ。
桃の字がドアを開けた姿勢のまま、
コチラを振り向く。
オレっちは無言で首を振った。
最後に見せた、腹心3匹にいっぺんに
裏切られたような友の顔が、
いまだ、頭から離れない。
その後、吉備だんごをやるから勘弁しろ
だの、バウムクーヘンなら見逃しただの、
なんやかんやとわめいていたが、それも
聞こえなくなった。
お伽噺地区、築ウン10年の
文化アパート。その天井……
やはりこの染みが、
音を吸収しているのだな…
そう、オレっちは思った。
おわり